クチン | Kuching

クチン | Kuching

サラワク州の首都クチンは、とにかくユニークな街。これほどまでにロマンチックで意外な歴史を持ち、上品にその魅力を見せる街は、マレーシアの他のどの州を周ってもありません。クチンの住民(およそ68万人)は、自分たちが暮らすこの魅惑的な街を心から誇りに思っており、それは訪問者に対する彼らの振る舞いにも表れています。クチンは訪問者を温かく迎え入れますが、それは見せかけの優しさではありません。肩の力を抜いていつも通り振る舞う様は、200年以上前から変わらないものです。エアコンが効いた観光バスの中からでは、クチンを100パーセント楽しむことはできません。ぜひウォーキング(あるいはサイクリング)シューズを履いて、町に繰り出したり、川や海で様々なアクティビティに参加して、旅を満喫してください。

クチン | Kuching

クチン | Kuching

ボルネオ島の他の都市や町と同じく、クチンの中心はサラワク川であり、この川こそ、クチンが存在するゆえんでもあります。「サンパン」と呼ばれる渡し舟に乗って、サラワク川をゆっくりと蛇行しながら上り下れば、この街の第一印象が心に刻まれることでしょう。川からは、絵画のように美しいマレーの村々、黄金のドームが印象的なモスク、ビクトリア朝の砦、19世紀の中国系の伝統的なショップハウスが立ち並ぶ通り、人目を引く木造屋根の宮殿や州議会議事堂の印象的な傘型の屋根が、遠くの山々を背景にして視界に映ります。

クチン市の中心街は、保存状態が良く、とてもコンパクトです。一見の価値がある名所は、だいたいどこでも徒歩あるいはサンパン(小舟)で行くことができます。狭くて、賑やかな通りには、平凡な物から異国情緒あふれる物まで、あらゆる種類の品々を売る店が軒を連ねています。華やかな中国寺院や、素晴らしいコロニアル様式の建築物、美しいウォーターフロント、そして歴史的なサラワク博物館を含む、興味深い博物館の数々。ラグジュアリーな高級ホテルから安宿まで予算に合わせて選べる多様な宿泊施設や、美味しいレストラン、そして大方の人の好みや予算に合うナイトライフも提供しています。ぜひ試してほしいのは、地元の珍味。鹿肉や、サラワク・ラクサ、ジャングルで採れる山菜を食したり、地酒「トゥア(ライスワイン)」を1~2杯飲んでみたり。あるいはバラエティ豊富なシーフード料理を堪能するのもよいでしょう。

クチンという名前は変わっていて、マレー語で「猫」という意味。由来については諸説ありますが、実は、猫とは無関係のようです。有力なものとして、「港」を意味する中国語の「コチン」から来た説と、この地で広く自生する「マタ・クチン(ライチの仲間で、マレー語で「猫の目」を意味する果実)」にちなんで名付けられたという2つの説があります。

サラワク州は、ユニークで楽しめる旅の目的地です。そして、クチンは州内を巡るのに理想的な拠点です。クチン近郊にも国立公園が複数存在します。珍しいテングザルの棲み家として有名なバコ国立公園、世界最大の花「ラフレシア」が自生するグヌン・ガディン国立公園、美しいマングローブの生態系の保護区であるクチン・ウェットランド国立公園、そして珍しいヤシの木とランが群生するクバ国立公園、オランウータンが保護されているセメンゴ・ワイルドライフセンターと、マタン・ワイルドライフセンターもあります。イバン族とビダユ族が暮らす、文字通り何百ものロングハウスへも簡単に足を伸ばすことができます。近郊のサントゥボン半島にあるダマイはサラワクの主要なリゾートエリアなので、ロングハウスを巡り、バコ国立公園と熱帯雨林を訪れた後にダマイビーチへ行き、ジャングル・トレッキングで疲れた体をリフレッシュなど、どこの旅行代理店でも「メインが2つ」の旅行パッケージが提供されています。ダマイサントゥボンについては、当該セクションで詳細をご確認ください。

クチンはまた、ロングハウスを訪れるのにもピッタリの中継地です。現地の旅行代理店は様々なツアーを実施。すぐ近くのビダユ族のロングハウスを訪れる半日ツアーから、スクラン川、レマナク川、バタン・アイ水系にあるイバン族のロングハウスを訪れる1週間のリバーサファリツアーまで、幅広く対応しています。

クチンの人々

クチンがコスモポリタンな街であることは、通りを歩く人々の顔を見れば明らかです。人口を占めるのは主に中国系、マレー系、以前は「陸ダヤク」として知られていたビダユ族、「海ダヤク」のイバン族で、サラワクに暮らすほとんどすべての民族がここクチンに暮らしています。街に出れば、中央沿岸地域から来たメラナウ族やオラン・ウル族(文字通りの意味は「上流に住む人々」)、そしてより小規模な先住民族を表すカヤン族、クニャー族、クラビット族、ブラワン族、ルン・バワン族、プナン族、少数派のインド系とユーラシア系など、幅広い種類の民族に出会うでしょう。彼らはみな今日ではすっかりモダンなマレーシア人ですが、農村部の人々の多くは今でも村やロングハウスのコミュニティに暮らしています。

クチンの歴史―ホワイト・ラジャ 

クチンの歴史はサラワクの歴史でもあります。それは、いち都市の歴史にしては信じがたいような冒険物語です。現地の書店には、ホワイト・ラジャ(白人王)たちによる統治について記した新旧の分厚い本が所狭しと並んでいます。簡単にご紹介しましょう。

19世紀初頭、サラワクはブルネイ・スルタンの支配下にある典型的なマレー公国であり、時々起きる海岸での海賊行為と内陸部での首狩りを除いては、いたって平和でした。しかし、ブルネイのスルタンが極めて評判の悪い統治者を任命した時、すべてが変わりました。1836年、サラワク川のマレー人とビダユ族が反乱を起こし、独立を宣言。醜いゲリラ戦が続く中、1839年、裕福な若きイギリス人のジェームズ・ブルックが、重武装のヨット「ロイヤリスト」でサラワクに到着しました。

ブルックが軍に属さない自由な冒険家だと知ったスルタンの叔父は、すぐに反乱を鎮めるよう彼に依頼しました。ブルックは、反乱軍の槍とマスケット銃による攻撃を船の大砲で撃退。反乱を鎮めた見返りとして、1841年にスルタンからサラワクの「ラジャ」に任命されます。ブルックは川沿いの小さな町を支配するだけでは満足せず、イギリス海軍の後ろ盾で自らの新しい王国を拡大していったのです。1868年にブルックが死去するまで、サラワクはタンジュン・ダトゥ(現在のインドネシア国境)とクチンの間のエリアをカバーする、比較的平和な領土でした。

ブルックの後を継いだ甥のチャールズは、ブルックのような冒険家ではなかったものの、大変優れた統治者であり政治家でした。適切な統治体制を確立し、支配域を現在のサラワク州を形成するところまで徐々に広げていきました。彼の遺産はクチンのいたるところに見られます。アスタナ宮殿や、フォート・マルゲリータ、旧裁判所、サラワク博物館などに代表される多くの素晴らしい建物を建てたのはチャールズでした。1917年にチャールズ・ブルックが死去すると、息子のチャールズ・ヴァイナー・ブルックが後継者として父が成し遂げた偉業を基に国の管理体制をさらに向上させます。 1941年、ヴァイナーは立法議会を設け、憲法が制定され、サラワクにとって初めての民主主義をもたらします。しかし同年末に日本軍が侵攻したため、立法議会による統治は短命に終わりました。

1945年9月、日本が降伏すると、サラワクはオーストラリアの軍事政権下に入りました。 ヴァイナー・ブルックは、サラワクを英国直轄の植民地にすべきだと判断し、イギリスに譲渡。しかしこの動きは反発を生み、1949年にサラワク知事のダンカン・スチュワートが暗殺される事態となりました。その後、秩序は回復し、植民地政権はサラワクの独立に向けた準備に集中しました。そして1963年7月22日にサラワクは独立を勝ち取り、1963年9月16日、マラヤ、サバ、シンガポール(その後、1965年に分離独立)とともに新たな国マレーシア連邦を結成しました。

市政 

多くの出版物の中で、クチンには市議会が2つあると書かれていますが、厳密に言うと、実はクチンは3つの地方自治体によって管理されています。クチン北市議会(DBKU)が、サントゥボンとバコ半島を含むサラワク川の北部および中央商業地区の西部を、クチン南市議会(MBKS)が中央商業地区の東部と都市中心部を管轄。南部および東部の郊外は、その多くがパダワン市議会(MPP)の権限のもとにあります。

クチンの魅力 

旧市街の魅力は自力でも発見できますが、現地の旅行会社が提供する、お手頃価格の市内観光に参加するのもよいでしょう。徒歩やバスツアーの他、自転車ツアーもあります。

サラワク川沿いのスポット


クチン・ウォーターフロントKuching Waterfrontは、大規模修復と土地開拓プロジェクトを経て、今や市内で最も人が集まる人気スポットとなりました。全長およそ900メートルの遊歩道は景観が美しく整えられ、木製のベンチや屋台、レストラン、娯楽施設が点在しています。より歴史の古い多くの建物(華族歴史博物館、サラワク蒸気船会社の旧所有ビル、スクエアタワーなど)がこのエリアに保存され、デザインに組み込まれています。 近代になって追加されたものは、修復された中国のパビリオン、野外劇場、洗練された現代彫刻など。日中は、サラワク川の北側の川沿いに並ぶアスタナ宮殿、マルゲリータ砦、州議会議事堂、伝統的なマレーの村々「カンポン」など、素晴らしい景色を臨めますが、この場所が真に活気づくのは夜の時間帯。友達に会ったり、ショーを見たり、ただ散歩しに来たり、まるでクチン住民の半数がここに来ているかのようです。

クチン・ウォーターフロントと市内中心部の最高の眺めを味わうには、州議会議事堂とボヤン村、マルゲリータ砦を結ぶサラワク川北岸の遊歩道を歩くとよいでしょう。

クチン・ウォーターフロントに平行する向かい側のメイン・バザールは、市内で最も古い通りであり、旧市街の中心部です。中国系の素晴らしいショップハウス建築には、同じ家族が代々暮らしてきました。彼らは今も、伝統的な錫細工職、大工仕事や小商いなどの伝統的な職業を受け継いでいます。アンティークや民芸品、お土産を売る店が市内で最も密集するこの通り。値切り交渉に疲れたら、パネル張りの壁と大理石のテーブルが置かれた昔ながらのコーヒーショップで一休みを。

エウィ・ハイ通りまで続くカーペンター通りは、メイン・バザールと平行に走る通りです。メイン・バザールと同様、小規模の店やコーヒーショップや屋台に加え、多くのパブやビストロが集まっています。このエリア全体からにじみ出るのは、独特な魅力と個性。 レボ・チャイナ(アッパー・チャイナ通り)の外れには、19世紀の中国系家屋が当時の姿のまま建ち並んでいます。

現代建築

サラワク川北岸にそびえ立つのが、傘型の屋根が印象的なサラワク州議会議事堂です。2009年に完成したこの建物への訪問には予約必須。ご希望の方は、広報課082-440355/445434にご連絡ください。

現在、州議会議事堂とクチン・ウォーターフロントおよび旧市街の中心部はダルル・ハナ橋でつながっています。このS字型の歩道橋と2つの展望台から、サラワク川と市内中心部の美しいパノラマビューを楽しむことができます。

タマン・ブダヤ通りにある未来的な外観のシビックセンタータワーからは、クチンと周辺地域の絶景を一望できます。よく晴れた日には、街とその奥地、セラピ山、サントゥボン山、さらにはカリマンタンの山々も見えます。営業時間は毎日9時から17時まで、展望台への入場料はRM3。隣接するスルタン・イスカンダル・プラネタリウムでは、ドームスクリーン全面に映し出される天文学の映像を毎日ご鑑賞いただけます。1上映あたりRM2。平日は

9時から16時、週末9時から13時まで営業、祝祭日定休。ショーの内容やスケジュールについては、082-251275までお問い合わせください。

パドゥンガン通りにあるクチン南市庁舎は市内でも有数のランドマークのひとつで、クチンの歴史をたどる興味深い写真や芸術品の展示ギャラリー(平日8時30分~17時)も備えています。一方、郊外のプトラ・ジャヤ上空に巨大なサラワク州の旗をなびかせるクチン北市庁舎は、街の素晴らしい景観を臨める場所であり、舎内には世界最初のネコ博物館もあります。

モスク、寺院、教会 

旧州立モスクであるクチン・モスクは、サラワク川から最もよく見えます。古い木造のモスクがあった敷地に1968年に建てられたこの建築物は、穏やかな時間の流れる古いムスリム墓地に囲まれています(この場所自体にも訪れる価値あり)。金色の円屋根(キューポラ)は街で最も印象的なランドマークのひとつで、日没時には特に人々を惹きつけます。

サラワク川の対岸、プトラ・ジャヤに1990年に建てられた州立モスクは、サラワク最大の宗教建築です。 その印象的なデザインは、単体の円屋根とイタリア産大理石で緻密に飾られたインテリアを特徴とします。

ガンビル通りとインド通りの間の狭い路地にひっそりと佇むインディアン・モスクMasjid Indiaは、サラワクで最も古い無傷のモスクです。1837年にサラワクに住むインド系ムスリムコミュニティによって建てられたこの建築物は、礼拝の呼びかけに用いる巨大な太鼓「ベドックBedok」が特徴です。

注:モスクへの訪問の際は適切な服装で、靴は脱ぎましょう。礼拝の時間は、イスラム教徒以外は入ることはできません。

華やかな装飾が美しいトゥア・ペッ・コン(大伯公)はウォーターフロントの向かい側、トゥンク・アブドゥル・ラーマン通りに建つ、クチン最古の中国寺院です。公式記録には1876年建立とされているものの、実際には1843年に遡るものと信じられています。

カーペンター通りに位置するシャンティ寺院は1863年、潮州出身の中国人によって建てられました。玄天上帝という神に捧げられたこの寺院には、1884年の大火災からクチンを救ったとされる子供の神も祭られています。ワヤン通りには、同じ時代に建てられたフォン・シャン(または鳳山)寺院も。近年修復された福建中国寺院は、貧困者や病人の守護神として敬われる神に捧げられたものです。

市内中心部のタブアン通りを南に15分歩いた先にあるのは、中国寺院、林華山観音堂Lim Fah San Monastery。慈悲の女神である巨大な観音像が訪問者を迎えるこの寺院は、市内有数のランドマークのひとつです。

ムルデカ公園に面したトゥン・アバン・ハジ・オペン通りに建つ聖トーマス大聖堂は、1956年にその前身であるサラワク初の教会があった敷地内に建てられました。聖公会クチン教区の教会であり、サラワクとブルネイを管轄しています。

トゥン・アバン・ハジ・オペン通りのすぐ近くにある聖ヨセフ大聖堂は、ウリン(ボルネオ鉄木)で作られた印象的な屋根でよく知られています。1969年に献堂されたこの大聖堂は、カトリック大司教区の教会です。

バン・ホック通りにあるスリ・スリニバサガル・カリアマン・ヒンズー教寺院Sri Srinivasagar Kaliamman Hindu Templeは、普段は穏やかな時の流れる場所ですが、金曜の夜にはバジャン(ヒンズー教の献身歌)の詠唱でにぎわいを見せます。中心部から3kmほど離れた、トゥン・アーマド・ザイディ・アドルース通りの、より大きくモダンなスリ・マハ・マリアマン寺院も同様です。どちらの寺院でも訪問者は歓迎されています。

 マスジド通りにあるクチンで唯一のシク教寺院、グルドワラ・サヒブ Gurdwara Sahibの印象的な金色のドームは、近くに建つクチン・モスク(上記参照)のドームを引き立て、絶好の撮影スポットに。毎週日曜日には、訪問者にベジタリアンランチが無料で振る舞われます。